三十路楽しいふたり暮らし

都内の中小企業で働く新婚アラサー女会社員の日記です。

いじめに苦しむ十代の君へ。

わたしがまだ子どもだったころ、悩んでは大人に解決策を託(たく)していた。

先生、親、その他いろいろ。

だけど誰一人として頼りにならなかった。

すべてが見当違いのアドバイスばかり。

だっていまみたいに「いじめ」なんて、言葉もない時代。

それは「子ども同士のケンカ」として処理された。

大河内清輝くんというひとが、ある日ニュースに出ていて、

ああやっとこの苦しみが理解されるんじゃないかと期待した。

当時わたしは小学生なのに、未来が真っ暗で、毎日、

死にたい、死にたいと思っていたんだよ。

いまの君と同じようにね。

大人は完ぺきな人間だと勘違いしていたから、

無分別に色んな大人に助けを求めてしまった。

 

だけど、助けを求めるひとを間違えると、

君は本当に死を選んでしまうかもしれないね。

 

岩手中2の事件を見たかい?

あんなこと(連絡帳のやりとり)、よくあることなんだよ。

自分もあんな風にして、担任の先生に悩みを一蹴されたんだ。

 

一つ、事実を教えよう。

同じ大人でも、みんな同じ経験をしているわけじゃない。

君の辛さは君しかわからないと思ったほうがいい。

つまりそれは、君も他人の苦しみをたぶんその十分の一も理解していない

ということなんだ。

ひととひととはわかり合えない、残念だけどこれが事実。

言葉はそれを補うためにあるのだけど、たくさん並べても悲しいかな伝わらないんだ。

それと、この世の中は正義がいつでも勝つわけじゃない。

理不尽なことばかりだ。

 

それでも生きていくのは、命ある限り生きるのが人間だからなんだよ。

「ひとは自分の意志で生まれたわけじゃないから、

自分の意志で勝手に死んではいけないんだ」

ーーこれはわたしが小学生の頃に読んだ哲学書に書いてあった言葉。

 

やっぱり生きててよかった、あのとき死ななくてよかった

そう思える日がくるという保証はないよ。

だけど、あのとき死ななかったわたしは、死んだら見ることができなかった景色を

見ることができている。色んなひとと出会い、別れ、

ひとりでいるはずなのにひとりじゃない、そんな気がしている。

怖いものがなくなった、そんな感じかもしれない。

君はもっと広い世界を見るべきだ。

絶望するのはそれからでも遅くない。