アラフォーの日々

女性の働き方、生き方について考える30代後半既婚子持ちの日記です。

出産特急地獄行き。

先月、無事出産しました。

現在育児真っ最中なのですが、もう日々地獄すぎて限界を通りこして無の境地です。

 

思っていた出産と違った

その日は昼にコンビニでニンニクましましモヤシましまし背油ギトギト系ラーメンを買って帰り、自宅でゆっくり食し、ゴロゴロしていました。その後トイレで用をたしたところ、おしっことは違うなにか生温い液体が。ドバドバ出てきたのですぐに破水だと判りました。病院へ行くと即入院。そして本陣痛がくるのを待ったのですが、全然こず。(この時点で自分的には激痛を感じているのに助産師に「それは前駆陣痛だから」といわれる)この間も羊水はバケツをひっくり返したようにドバドバ出続けているため、病院から渡されたお産セットのナプキンLサイズを全部使い果たしてしまいました。そこで助産師に「ナプキンもらえますか?」と聞くと「うちから渡せるのはそれだけなので必要なら自分で買ってきて」とのこと。え、この状態で自力で買い物行かされるの!?!? 急いで院内のコンビニに行き、なんとか入手。この日は結局本陣痛がこなかったため、前駆陣痛の痛み&羊水ドバドバと戦いながら一夜を過ごしました。翌朝、陣痛促進剤を使うことになり、一気にお産モードへ。痛みが強くなってきたところで陣痛室に移動となりました。隣室からは「うお〜〜あお〜〜」という呻き声や「ぎゃ〜〜痛い〜〜〜」という喚き声がエンドレスで聞こえ、戦々恐々。でもこの時点ではまさか自分もこうなるとは思っていませんでした。1、2時間ごとに投与量が増えていく促進剤。昼前には本陣痛になっていました。そこからひたすら声が枯れるまで痛みで叫び続け、何度も助産師が子宮口の開き具合を確認しにくることにイライラMAX。「もうすぐだから」という嘘の言葉を信じ続けること5時間以上。気が狂いそうというか狂ってました。そして手際の良さそうな助産師が登場し、子宮口を思いっきりグリンとされ、無理やり赤ちゃんの頭が見える状態になったところで、やっと陣痛室に移動(自力歩行)。が、長時間横向きでいきんでいたせいか仰向けの分娩台ではうまくいきめず、精魂尽き果て、見かねた助産師が医師を呼び、急きょ吸引分娩に切替。そこからは2回のいきみでなんとか出産に至ったのでした。もう、会陰切開や縫合の恐怖とかどこかへ吹っ飛んでました。産んだ直後の子宮内残存物の処置もだらだら長いし痛いしで辛かったのですが、意識が朦朧としていて「早く終わってくれ」としか思えませんでした。生まれたら感動して泣いちゃうかもとか思ってたのに、実際は何も考えられず、赤ちゃんを見ても何も感じませんでした。というか、体外受精で授かったゆえ健康な子どもが生まれたのか、そればかりが気になっていました。

 

おっぱい教と監獄のような入院生活

産んだその日から母子同室が可能なのですが、車椅子なしでは歩けないほど疲れ果てていたので初日の夜は一人で過ごしました。会陰切開した股を中心に全身が痛いのとすさまじく息切れするというか呼吸困難でほとんど眠れませんでしたが。さらに夜中尿意を感じてトイレに行くも、「あれ、どうやっておしっこするんだっけ?」という状態になり、自力排尿できないことに愕然としました。急いで「導尿してもらえますか?」とナースコール。明日になれば治るだろうと思っていたのですが、2日目も排尿できず、尿道カテーテルをつけることに。採尿バッグを引きずりながら、かつ円座クッションを巧みに動かしながらの赤ちゃんのお世話はまじで大変。てか、尿が出ないだけでなく便も出せなくなっていて、自分の身体がどうにかなるのではという不安でいっぱいでした。そんななか、助産師によるスパルタの母乳指導が始まったのです。私自身は「母乳が出るなら」ぐらいの感覚で混合スタイルを希望していたのですが、甘かった。産んだら少しは母乳出るかもという淡い期待ははずれ、乳首をつねり倒しても何も出ません。それでも助産師は朝昼晩、おっぱいチェックにやってきます。そして足りない分をミルクで補うのですが、足りない分というかもはや全部ミルクなのですが、混合の場合はまず形だけでも母乳を吸わせなければならず、左右5分ずつペロペロさせてからでないとミルクをオーダーできません。毎日3時間おきにエア授乳&ミルク。そして頻回のおむつ交換。それらすべてを紙に記録。立ってられないほど全身の痛みと息苦しさがあるなかで何とかこなすこなす。3日目でやっと自力排尿できるようになったものの、残尿検査するとすごい量残っていて、助産師に「残尿量100ml以下を2回続けてクリアするようになるまで毎回検査します」と通告されました。(このあと通算20回以上検査するはめに、もちろん毎回管を入れる痛い作業付き)カオスでした。ままならない自分の身体と慣れない赤ちゃんのお世話、助産師の塩対応、退院までの過密すぎる指導カリキュラム、出ない母乳……。無理がたたったのか4日目の夜中に悪寒戦慄からの39度の高熱。血液検査と尿検査をすると尿路感染症になっていました。ということで退院診察でOKをもらっていたにも関わらず、入院延長の予感。それでも同室に運ばれてくる赤ちゃん。「もう無理です」と助産師にブチ切れ、なんとかナースステーション(?)に預かってもらいました。翌朝、熱が37度に落ち着いたものの、かなりフラフラな状態で沐浴指導へ。ええ、採尿バッグを引きずりながら1人で全部こなしましたとも。夜には排尿障害の件で医師が訪れ、「治るまで入院していたほうがいいです。退院も不可能ではないですが、その場合は自己導尿を覚えてもらうことになるので……」という非情宣告をつきつけられました。自己導尿だけは避けたいけど、いつ治るのか、この時点で15回以上残尿テストに不合格になっていたわたしには絶望しかありませんでした。医師も看護師も「治るから」としかいわず。結局入院生活は延長となり、赤ちゃんだけ先に退院することにしました。思い通りにならない自分の身体と心に涙が止まりませんでした。さらに同日、なぜか心理士から呼び出しを受け、問診を受けさせられました。前日に提出した謎のアンケートシートから産後うつを疑われてしまったようで。連日の赤ちゃんのお世話で不眠状態なうえに、また例の採尿バッグを引きずりながら自分の生い立ち〜カウンセリング歴など事細かに訊かれ、ぐったりしました。6日目になると、母子同室の大部屋から切迫早産の大部屋に移動になり、少し眠れるように。残尿テストも65ml、ついで70mlをたたき出し、翌日やっと退院となりました。

 

毒母とアスペルガー夫との育児で精神崩壊

もともと親と折り合いが悪かったので、里帰り出産はおろか、産後のお世話も実母に頼むつもりはありませんでした。が、このありさま。赤ちゃんを先に自宅に帰すためには呼ばざるを得ません。苦渋の決断でしたが応援を要請しました。退院して家に帰ると、すっかりゴミ屋敷と化していた我が家。母は片づけられません。キッチンの床は水浸し。食材のカスがあっちこっちに飛び散っていました。初日の夜には浴室で髪の毛を染めようとしたり、水虫なのに素足で歩き回っていたり、虫歯だらけで歯がないまんま大笑いしていたり、使い方がわからない調理家電を勝手に扱って失敗したり、夫が外から帰ってくるのに玄関の内鍵をかけたり、レンタルの布団なのに濡れたままの髪で寝るもんだから髪染めの色が枕カバーに付着していたりととにかくやることなすこと視界に入るだけでストレスでした。くわえて育児方針の違いで口論になると「わたし(母)の指示に従わないなら帰るから!」「性格が悪い」とキレられ。いっぽうの夫は夫で、ベビーオイルを買ってきてと依頼すればベビーローションを買ってくる。ミルクは規定の量飲ませなきゃいけないのに「嫌がっているから」「眠そうだから」という理由で途中(半量)でやめさせる……。「病院で助産師に指導を受けたのはわたしだけだから、お願いだからいう通りにやってよ」といっても頑なに自己流を通そうとする。沐浴は男性のほうが向いているといわれるけど、異常なまでに不器用な夫は何度も溺れさせていました。わたしの倍は寝ているはずなのに疲れた顔されるのも本当にうざい。ついに「なんで誰もわたしのいった通りにしてくれないのよ〜」と涙が溢れてきました。金輪際、親からの連絡は無視しよう、夫とは早めに離婚しよう、親権は夫に、そればかりが頭の中をぐるぐる。毎日眠れないなか日々育児に追われています。

 

 

 

ってことで、結婚も出産もしてみたけど、幸せの条件ではなかったことがこれではっきり証明された気がしました。気がつけば結婚してから、心の底から笑ったことなんて1度もなかったです。お金の不安とか他人の視線からは解放されたけど。一時的な産後クライシスなのかもわかりませんが、これ、いつまで続くんでしょうか。